2017年3月30日木曜日

Core i7 6700K(Skylake)を使って、M2SSDにWindows7を入れる。

表題からしてややこしいですが、Core i7 6700K(Skylake)が、Windows7に対応する最後のCPUなので、今やAMDのRYZEN7が出てきた時期ではありますが、自分なりに最強のWindows7マシンを作ってみようという話です。
ただし、個人的なホビーパソコンなので、さほど予算は掛けられませんので、流用部品が多いです。

しかし、windows7自体が7年前に登場したOSという事もあり、M2SSDなんて標準では認識しないよ?っていう状態。
そこを乗り越えるのに、四苦八苦していました(手順は下記に記載)。


▽2017年3月自作パソコンスペック
(価格は部品入手当時の税込み価格です)

>液晶ディスプレイ(新規)
ASUStek
MG248Q
\39,040-
→「144Hz/1msの高速駆動を実現した24型フルHD液晶」ってのがウリ。
オーバースペック感はあるけど、PS4もプレイするから損はしないでしょう。

>PCケース(新規)
fractal design
DEFINE R5 Titannimu gray window side panel
\15,902-
→ゲーミングパソコンっぽく、魅せるパソコンを意識してみた。
新規で組み立てるのなら、ここまで大きな筐体は要らないかも。

>電源(流用)
ENERMAX
ELT550AWT-M
→ブロンズ電源なので省電力では無いですが、構成が簡単だからこれで十分な様子。

>マザーボード(新規)
GIGABYTE
Z270X-ULTRA GAMING
\20,118-
→Kabylake CPU登場以前なら、Z170やH170で良かったのでしょうが、時期を逃しているからこうなった。

>CPU(新規)
Intel
Core i7-6700K
\38,980-
→Windows7に標準対応するSkylakeシリーズ最後のCPU。

>CPUクーラー(新規)
サイズ
グランド鎌クロス3
\4,850-
→M2SSDの放熱も考慮してのトップフロー型ですが、デカすぎて配線の取り回しが難しくなるのと、マザーボードのLEDイルミネーションが若干隠れるのが難点です。

>DDR4メモリー(新規)
CORSAIR
VENGEANCE LPX 2666MHz 2×16GB
→オーバークロックメモリーなのだが、プロファイルを呼び出すとBIOS起動エラーが掛かるので、あまり意味は無かったかもしれない。

 >HDD(流用)
HITACHI
Deskstar 500GB
→旧マシンのデータが入っているHDD。
新マシン上では、HDDの速度を監視するアプリケーションに起動エラーが発生するので、データ移行後に破棄する予定。

>SSD(流用)
Intel
SSD 520Series 120GB
→旧マシンの起動用ドライブ。
Windows7初期状態でも認識するので、移行の際には役に立った。

>M2SSD(新規)
PLEXTOR
PX-512M8PEGN 512GB
¥25,898-
→ヒートシンク付では無いですが、トップフロー型のCPUクーラーを用意したので、放熱対策は大丈夫でしょう。

>グラフィックボード(流用)
GIGABYTE
GeForce GTX 660 PCI-E 2GB
→2013年1月購入品ですので、内蔵GPUと性能面で大差ないかもしれないが、予算上暫定的に残しておく。

>BDドライブ(流用)
Pioneer
BDR-209XJ
→これもWindows7インストールには凄く役立つ。


▽M2SSDへのWindows7インストール手順
(あくまで個人的環境下での手順です)

1.現在稼動しているパソコン上において、SSDやHDD上に(USBメモリは初期状態では認識しない場合があるので不向き)、PLEXTORホームページ上にあるM2SSD用のドライバを落として、そのフォルダの保存箇所を覚えておく(ドライバの自動検索が働かない為、手動にて読み込ませる必要がある)

※ダウンロードページでは、何故かRARファイルが選択されるが、ドライバはそれとは違うので、m8pe→driverで検索して、「NVME_Win7_X86_X64_Bata」というファイルをダウンロードする。

※このドライバダウンロードに使うSSDやHDDはバックアップが終わり、全消去されても問題が無い物を使う事(理由は5番目の現象を回避出来ない為)

2.M2SSDをマザーボードにセットし、パソコンを組み上げる。

3.Windows7インストール用ディスクをセットし、パソコンを起動させる。

4.M2SSDは初期状態では認識しないので、ドライバーの読み込み→著名済みパソコンドライバ→参照→M2SSDのドライバがある箇所を指定する。

5.ドライバーを読み出した後、そのままインストール続行をすると、「エラー0x80300024」が出てインストール出来ない場合があり、一般的にはBIOS上の起動ドライブ順序がおかしいとそうなる様だが、推察するに、Cドライブが設定できないからインストール出来ないという状態になっていると思われる。

6.ドライバ読み込み後、インストールの阻害となっているドライブのパーカッション設定を消去する。

7.後は通常インストールするのみ。
なお、初期状態でインターネットに接続するには、マザーボードに添付されているCD-ROM上のネットワークアダプタ用のドライバが必要です。

8.Widows Updateを使い、Windows7をSP1に更新する。

2017年2月17日金曜日

追体験を、実体験とする為に・・・。

テクノロジーの進歩により、その場に居なくてもあらゆる事が体感できる時代。

ならば、わざわざ浪費して自ら動く必要も無さそうなのだが、追体験はあくまで追体験なんだよな。

いくら音楽ライブの光景を収録した映像を見たってそこに自分が居ないのと同じ様に、実体験しないと得られない物がある。

ひいては、それが思い入れの差にも繋がって来るんじゃないかと思う。

繰り返し観る事で、イメージが偶像化する事も稀にはあるけども。

特定の時代でしか味わえない物は仕方が無いとしても、リアルタイムで体験出来る物は空回りになっても体験しておいて損は無いと思う。

物事を色眼鏡で見てたら、出来事自体を見逃すから、体験できる内に体験するべきなのだろう。

2017年1月15日日曜日

CVT車のギアオイル交換は不要?

定期点検に行っていたディーラーで興味深い話をしていたので、書き留めておく。

そのディーラーの整備士によると、エンジンオイルのフィルター交換は2回に一度で、CVT車に限ってはギア(ミッション)オイルは汚れてきても基本的には交換不要との事。

この話の発端は、カー用品販売店でエンジンオイル交換をした際に、ギアオイルの交換も勧められたからですけど、他にもエンジンフィルターを定期的に交換するのであれば、オイル洗浄剤ってのも不要だと思う。

普通に考えて、エンジン内の汚れを浮かせたら、余計にオイルフィルターを汚すだけだよな。

似たような事例で、タイヤ交換時の窒素ガス充填や、ディーラー新車購入時の車体樹脂被膜塗装なんてのもある。

窒素ガスは抜けにくくなる代わりに充填もやりにくいし、そもそも気体の性質からして抜けにくいこと自体を疑問視する向きもある。

樹脂被膜も毎年のランニングコストが高いし、そもそもそれを施さないといけないほど塗装面が弱いのか?って話になるのだと思う。

2016年12月24日土曜日

クリスマス料理の謎

昔はクリスマスと言えばデコレーションケーキが定番だったが、今ではタンドリーチキン(七面鳥)も一般的になってきた気がします。

ただ、某スーパーマーケット至っては、本マグロの刺身や、フルーツオードブル(盛り合わせ)、寿司ドーナツ、オムライスのクリスマスリール(円形オムライス)など、旬の食材で有れば何でも良いのか?といった有様になっています。

見事に高カロリーな料理ばかりなのだが、元々クリスマスはキリストの生誕祝いだった筈で、宗教的な面を考慮すると、殺生を連想させる食材は如何なものかと思う部分もある。

断食月ラマダンがあるイスラム教とは違って、殺生に関する考え方はさほど厳格では無さそうですが、詳しくは存じ上げないので、そこは突っ込まないでおきます。

2016年8月23日火曜日

「ままならない」からこそ面白い?

最近、口癖のように出てくる「ままならない」という言葉。

帰省中、昔のテレビゲームを引っ張り出してプレイしたら、中々に「ままならない」事だらけ。


そして、攻略サイトを見て、「ままならない」事の正体を知る。
(逆に言えば、知識として押さえておけば、回避出来る事もあるとも言える)

テレビゲームは幼な心に、人生は「ままならない」事だらけというのを教訓として示していたのかもしれない。

そして、自分がRPGを苦手としていたのは、そういう部分を感じ取ったのかもしれない。

時にSMAPの解散騒動があって、メンバーそれぞれ40歳を超えているのに、自分の意思だけでは動けず、騒動が世間に知れ渡ると共に不本意な形で幕を下ろさざるを得なかった。

齢40にしても、自分の意思で動かせる事は限られている。


これも一つ、「ままならない」事ですね。

最初のテレビゲームの話にしても、「ままならない」から面白い訳で、齢を重ねたからって全てが上手く行く筈が無い。

何故、そのような幻想に取り憑かれたのか?

勉強が出来れば全て上手く行くという風に、頑張れば褒美が貰えるという様な成功報酬的な考えがあったからではなかろうか‥‥。

人生というミッションの先に、何らかの報酬があると信じて止まなかったのだろう。